強制動員問題の真の解決に向けた協議を呼びかけます
1 現在、強制動員問題に関して,韓国国会議長が提案した法案などさまざまな解決構想が報じられています。日韓請求権協定によっても個人賠償請求権は消滅しておらず,未解決とされている強制動員問題の解決構想が検討されることは望ましいことです。しかし,報じられている解決構想の多くが真の解決になり得るのか疑問です。
2 まず確認しておきたいことは,強制動員問題には,労務強制動員問題(いわゆる徴用工問題)の他に,軍人・軍属として強制動員された被害者の権利救済の問題(軍人・軍属問題)も含まれるということです。
強制動員問題全体を最終的に解決するためには,軍人・軍属問題も含めて解決構想が検討されなければなりません。したがって、総合的な問題解決案とともに現実的な条件を考慮した段階的解決策を検討すべきです。
3 労務強制動員問題の解決についてですが,労務強制動員問題の本質は,被害者個人の人権問題です。したがって,いかなる国家間合意も、被害者が受け入れられるものでなければなりません。また、国際社会の人権保障水準に即したものでなければ真の解決とはいえません(被害者中心アプローチ)。
被害者が受け入れられるようにするためには,労務強制動員問題の解決構想の検討過程に被害者の代理人などが主体のひとつとして参加するなど、被害者の意向が反映できる機会が保障されなければなりません。
また,強制連行・強制労働は重大な人権侵害として違法であり,その被害者に対しては、原状回復や賠償など効果的な救済がなされなければならないと国際社会は求めています。
4 それでは何をもって労務強制動員問題の真の解決といえるのでしょうか。
(1) 真の解決といえるためには、①加害者が事実を認めて謝罪すること、②謝罪の証として賠償すること、③事実と教訓が次の世代に継承されるということが充たされなければなりません。
(2) このような事項は、日本と韓国における長年にわたる訴訟活動などを通じて被害者及び支援者らが求めてきたものです。ドイツにおける強制連行・強制労働問題を解決した「記憶・責任・未来」基金や、中国人強制連行・強制労働問題の解決例である花岡基金,西松基金及び三菱マテリアル基金においても、基本的に踏まえられているものです。
特に、労務強制動員問題の本質が人権問題である以上、問題解決の出発点に置かれるべきは、人権侵害事実の認定です。人権侵害の事実が認められることで,初めて被害者の救済の必要性が導かれるからです。
(3) この点、注目すべきは,韓国大法院判決の原告らが韓国での裁判の前に日本で提訴した裁判における日本の裁判所の判断とそれに対する評価です。日本の裁判所は結論としては原告を敗訴させましたが、原告らの被害が強制連行や強制労働に該当し違法であると認めています。
この日韓両国の裁判所がともに認定した人権侵害の事実を、日本政府や日本企業が認めて謝罪をすることが,この問題解決の出発点に位置づけられなければなりません。
5 真の解決を実現するために,誰が,何をすべきなのでしょうか。
(1) 労務強制動員被害者らは,国家総動員体制の下,日本政府が政策として企画した労務動員計画(1939年~1945年)に基づき動員され,日本の加害企業が連行に関与し,炭鉱や工場などで働かされました。したがって,労務強制動員問題に対して第一次的法的責任を負うのは日本国及び日本の加害企業であるといえます。
労務強制動員問題の解決の出発点は,人権侵害の事実を認めることですが,それは日本政府及び日本企業しかできないことであり,そのことが日本国及び日本の加害企業の果たすべき重要な役割といえます。
さらに、今日、国際連合は、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」や「グローバル・コンパクト」という取り組みを通じて、人権分野においても企業が責任あるリーダーシップを発揮することを期待しています。韓国大法院確定判決の被告企業である日本製鉄や三菱重工にもその役割を果たす責任があるといえます。これらの加害企業が現在及び将来において人権分野で責任あるリーダーシップを発揮するためには,過去自ら行った人権侵害の事実に誠実に向き合い,その問題を解決することは不可欠であるといえます。
(2) 韓国政府は、日韓請求権協定において強制動員問題をまともに解決できず,その後も被害者の権利救済をなおざりにしてきた道義的責任があります。強制動員被害者問題を全体的に解決するためには,韓国政府も自らの責任と役割を果たすべきです。
(3) 韓国の企業の中には、日韓請求権協定第1条に基づく「経済協力」により企業の基盤が形成されその後発展してきた企業(受恵企業)があります。受恵企業が過去の歴史に誠実に向き合い、歴史的責任を自覚し,自発的にこの問題の解決に関与することは解決のための正しい態度であるといえます。
(4) 以上のとおり,労務強制動員問題を始めとする強制動員問題について日韓両国政府、日本の加害企業及び韓国の受恵企業は、この問題解決のために果すべき責任と役割があります。
6 真の解決を実現することは可能でしょうか。
解決の可能性を検討するにあたり参考になるのは,中国人強制連行・強制労働問題の解決例である花岡基金,西松基金及び三菱マテリアル基金による解決についてです。
ここでは、被害者と加害企業との「和解」により、加害企業が自らの加害と被害の事実と責任を認め、その証として資金を拠出して基金を創設しました。そして、その基金事業として、被害者への補償と慰霊碑の建立、慰霊行事通じて記憶・追悼事業を行い,また行おうとしています。
この事業に日本政府や中国政府は直接には関与していません。加害事実を認めたのも,残念ながら日本の加害企業のみであり、日本政府は認めてはいません。それは今後の課題として残されています。しかし、このような「和解」を通じて日中両国の被害者、支援者、日本企業などの間で相互理解と信頼が育まれてきています。
日本の最高裁判所は、中国人強制連行・強制労働事件に関する判決の付言の中で被害者を救済すべき必要性を指摘しました。また,日中共同声明により裁判上訴求する権能は失われたが、個人賠償請求権は消滅していないとの解釈を示すことで、加害企業が被害者に任意かつ自発的に補償金を支払うことが法的に許されることを示しました。
韓国人労務強制動員問題についても、日本の裁判所も人権侵害の事実を認めており、救済の必要性が認められるといえます。そして、日韓請求権協定第2条において「請求権の問題」が「完全かつ最終的に解決した」ということの意味については,国家の外交的保護権を解決したのであり,個人賠償請求権は消滅していないというのが日本政府や日本の最高裁判所の判断です。加害企業は任意かつ自発的に補償金を支払うなどの責任ある行動をすべきですし,日本の政府や裁判所の見解に照らしても,日韓請求権協定は,労務強制動員問題を解決するにあたり法的障害にはならないといえます。
したがって,少なくとも日本政府が事実に真摯に向き合い,日本の司法府の判断を尊重して問題解決に努力する姿勢を示し,日本の加害企業が解決しようとすることを日本政府が妨害しなければ,解決することは十分に可能といえます。
7 私たちは,労務強制動員問題の真の解決のためには,これまで述べてきたことを踏まえて,関係者間での協議が行われることが望ましいと考えています。
そのために,日韓両国間で,強制動員問題全体の解決構想を検討するための共同の協議体を創設することを提案します。
この協議体は,強制動員被害者の代理人弁護士や支援者,日韓両国の弁護士・学者・経済界関係者・政界関係者などから構成され,強制動員問題全体の解決構想を一定の期間内に提案することを目的とします。日韓両国政府は,この協議体の活動を支援し協議案を尊重しなければなりません。
私たちは,このような努力が日韓間の厳しい対立を解消するためのひとつの方法であり強制動員問題の解決に向けた途であると考え、日韓共同の協議体の創設を強く強く呼びかけます。
2020年1月6日
強制動員問題の正しい解決を望む韓日関係者一同
(韓国)
強制動員被害者訴訟代理人
弁護士 金 世 恩
弁護士 金 正 熙
弁護士 李 尚 甲
弁護士 林 宰 成
弁護士 崔 鳳 泰
強制動員被害者訴訟支援団
勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会
民族問題研究所
太平洋戦争被害者補償推進協議会
(日本)
弁護士 足 立 修 一
弁護士 岩 月 浩 二
弁護士 内 田 雅 敏
弁護士 大 森 典 子
弁護士 川 上 詩 朗
弁護士 在 間 秀 和
弁護士 張 界 満
弁護士 山 本 晴 太
高 橋 信(名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会共同代表)
平 野 伸 人(韓国の原爆被害者を救援する市民の会長崎支部長)
矢 野 秀 喜(朝鮮人強制労働被害者補償立法をめざす日韓共同行動事務局長)
北 村 めぐみ(広島の強制連行を調査する会)
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